インボイス制度は2023年10月から開始され、適格請求書(インボイス)を受け取った取引のみが消費税の仕入税額控除の対象となります。しかし、全ての事業者が即座に対応できるわけではないため、経過措置として「非インボイス80%控除」が設けられています。
この制度により、インボイス登録事業者以外からの仕入れでも、2026年9月30日まで消費税額の80%を控除できます。ただし、2026年10月からは50%、2029年10月からは0%と段階的に縮小されます。
この記事ではこんなことが解決できます。
- 受け取った請求書・領収書がインボイスか非インボイスかを確実に判定する方法
- 80%控除の正確な計算方法と仕訳処理
- 会計ソフト別の具体的な入力手順
- 業種別の実例と注意点
- 税務調査対策と書類保存のポイント
【最重要】非インボイスの見分け方
インボイスの必須記載事項チェックリスト
以下の6項目が全て記載されている場合のみ「インボイス」です。
□ インボイス発行事業者の氏名又は名称
□ 登録番号(「T+13桁の数字」形式)
□ 取引年月日
□ 取引内容(軽減税率対象は★等で区分)
□ 税率ごとの合計額および適用税率
□ 消費税額等
登録番号の確認方法
- 国税庁適格請求書発行事業者公表サイトで検索
- URL: https://www.invoice-kohyo.nta.go.jp/
- 登録番号を入力して検索
- 登録状況と事業者名を確認
- 登録番号の形式チェック
- 法人:T + 法人番号13桁(例:T1234567890123)
- 個人:T + 13桁の数字(例:T1234567890124)
登録番号の確認方法についてはこちらの記事でも詳しく解説しています。

判断に迷う領収書・請求書の実例
ケース1:登録番号はあるが記載事項が不足
請求書
発行者:○○商事株式会社
登録番号:T1234567890123
金額:110,000円
判定:非インボイス(税率・消費税額の記載なし)
ケース2:手書きレシート
領収書
○○商店
品代 10,000円
消費税 1,000円
合計 11,000円
判定:非インボイス(登録番号の記載なし)
ケース3:簡易インボイス
レシート
コンビニ○○店
登録番号:T9876543210987
商品代 10% 1,000円
消費税等 100円
合計 1,100円
判定:インボイス(簡易インボイスの要件を満たす)
「これはインボイス?非インボイス?」判定フローチャート
受領した請求書・領収書
↓
登録番号(T+13桁)の記載はある?
├─ NO → 非インボイス(80%控除)
└─ YES
↓
税率ごとの合計額の記載はある?
├─ NO → 非インボイス(80%控除)
└─ YES
↓
消費税額等の記載はある?
├─ NO → 非インボイス(80%控除)
└─ YES → インボイス(100%控除)
【実務】80%控除の具体的な処理方法
基本的な計算方法
計算式と手順
80%控除額 = 支払消費税額 × 80%
金額別計算例
11万円のケース
- 仕入金額(税抜):100,000円
- 消費税:10,000円
- 80%控除額:10,000円 × 80% = 8,000円
- 控除できない額:10,000円 – 8,000円 = 2,000円
55万円のケース
- 仕入金額(税抜):500,000円
- 消費税:50,000円
- 80%控除額:50,000円 × 80% = 40,000円
- 控除できない額:50,000円 – 40,000円 =10,000円
100万円のケース
- 仕入金額(税抜):909,091円
- 消費税:90,909円
- 80%控除額:90,909円 × 80% = 72,727円
- 控除できない額:90,909円 – 72,727円 = 18,182円
仕訳の実例
通常インボイス vs 非インボイス80%控除の仕訳比較
【通常のインボイス】
仕入高 100,000円 / 買掛金 110,000円
仮払消費税 10,000円 /
【非インボイス80%控除】
取引時:
仕入高 100,000円 / 買掛金 110,000円
仮払消費税 10,000円 /
決算時:
雑損失 2,000円 / 仮払消費税 2,000円
複合仕入れ(一部インボイス、一部非インボイス)の処理
例:同日に2件の仕入れ
- インボイス業者から50万円(税込55万円)
- 非インボイス業者から30万円(税込33万円)
仕入高 800,000円 / 買掛金 880,000円
仮払消費税 80,000円 /
雑損失 6,000円 / 仮払消費税 6,000円
計算内訳:
- インボイス:消費税50,000円 → 全額控除
- 非インボイス:消費税30,000円 × 80% = 24,000円控除
- 租税公課:30,000円 × 20% = 6,000円
会計ソフト別の入力方法
弥生会計での処理
- 取引入力
- 「振替伝票」を選択
- 借方:仕入高、仮払消費税、租税公課
- 貸方:買掛金または現金
- 消費税設定
- 仮払消費税:「対象外」に設定
- 租税公課:「不課税」に設定
- 摘要欄への記載
- 「非インボイス80%控除適用」と明記
freeeでの処理
- 取引登録
- 「取引」→「取引を登録」
- 勘定科目:仕入高
- 税区分:「対象外」を選択
- 内訳設定
- 本体価格部分:仕入高
- 控除対象消費税:仮払消費税
- 控除対象外消費税:租税公課
- タグ設定
- 「非インボイス」タグを付与
マネーフォワードでの処理
- 仕訳入力
- 「仕訳帳入力」を選択
- 複合仕訳で入力
- 消費税区分
- 仕入高:「課税仕入10%」
- 仮払消費税:「対象外」
- 租税公課:「対象外」
- 備考欄
- 取引先名と「80%控除適用」を記載
4. 【事例】業種別・場面別の処理例
建設業:一人親方からの外注費
状況: 内装工事を個人事業主(非登録)に外注、工事代金50万円(税込55万円)支払い
処理:
取引時:
外注費 500,000円 / 現金 550,000円
仮払消費税 50,000円 /
決算時:
雑損失 10,000円 / 仮払消費税 10,000円
注意点:
- 一人親方の多くは免税事業者
- 請求書の保存が必須
- 源泉徴収の要否も確認
IT業:フリーランスへの業務委託費
状況: システム開発をフリーランス(非登録)に委託、委託料30万円(税込33万円)支払い
処理:
取引時:
業務委託費 300,000円 / 普通預金 330,000円
仮払消費税 30,000円 /
決算時:
雑損失 30,000円 / 仮払消費税 30,000円
注意点:
- 報酬の場合は源泉徴収が必要
- 契約書と請求書の整備
- 支払調書の作成
小売業:個人事業主からの仕入れ
状況: 農家(非登録)から野菜を仕入れ、仕入価格20万円(税込22万円)
処理:
仕入高 200,000円 / 買掛金 220,000円
仮払消費税 16,000円 /
租税公課 4,000円 /
注意点:
- 農産物は軽減税率8%
- 計算例:消費税20,000円 × 80% = 16,000円
サービス業:タクシー代、駐車場代など
状況: 個人タクシー(非登録)利用、運賃5,500円(税込)
処理:
旅費交通費 5,000円 / 現金 5,500円
仮払消費税 400円 /
租税公課 100円 /
注意点:
- 少額でも適切な処理が必要
- レシートの保存必須
その他:接待交際費、消耗品費など
接待交際費の例: 個人経営の飲食店(非登録)での接待、20,000円(税込22,000円)
接待交際費 20,000円 / 現金 22,000円
仮払消費税 1,600円 /
租税公課 400円 /
5. 【注意点】よくある間違いと対策
80%控除を適用してはいけないケース
1. 免税事業者との取引でも例外あり
- 家賃収入:住宅用は非課税のため控除対象外
- 保険料:非課税取引のため控除不可
- 給与:そもそも消費税の対象外
2. 個人からの中古品購入
- 一般消費者からの中古車・中古設備購入
- 消費税は課税されているが控除対象外
3. 海外からの輸入
- 輸入消費税は税関で納付
- インボイス制度とは別の扱い
計算ミスしやすいポイント
1. 軽減税率との混同
誤:消費税率10%で計算
正:食品等は8%で計算後、80%を乗算
2. 端数処理
誤:各取引ごとに端数処理
正:月次または期末で一括端数処理
3. 複数税率の按分計算
- 標準税率10%と軽減税率8%が混在する場合
- それぞれの税率で80%控除を計算
書類保存で注意すべきこと
保存すべき書類
- 請求書・領収書(原本)
- 80%控除の計算根拠資料
- 取引先の登録番号確認記録
- 会計帳簿(詳細な摘要記載)
保存期間
- 原則:7年間
- 青色申告の場合は帳簿書類も7年間
- 請求書等は5年間(消費税法上)
保存方法
- 電子保存:電子帳簿保存法に準拠
- 紙保存:改ざん防止措置を講じる
- 整理:月別・取引先別に整理
税務調査で確認されること
1. 80%控除の適用要件
- 相手方が登録事業者でないことの確認
- 適格請求書等でないことの確認
2. 計算の正確性
- 控除額の計算過程
- 端数処理の適正性
3. 書類の保存状況
- 必要書類の保存
- 保存期間の遵守
6. 【期限・今後】制度の期限と対策
80%控除の適用期限(2026年9月まで)
段階的な控除率変更
期間 | 控除率 |
---|---|
2023年10月〜2026年9月 | 80% |
2026年10月〜2029年9月 | 50% |
2029年10月〜 | 0% |
今から準備すべきこと
1. 取引先の登録状況調査
- 主要取引先の登録番号確認
- 未登録事業者への働きかけ
- 代替取引先の検討
2. 社内体制の整備
- 経理担当者への教育
- 会計システムの設定変更
- 業務フローの見直し
3. 取引条件の見直し
- 価格交渉(消費税相当額の調整)
- 契約条件の変更
- 支払条件の見直し
取引先への働きかけ方法
1. 段階的なアプローチ
第1段階:制度の説明と登録のメリット説明
第2段階:具体的な影響額の提示
第3段階:取引条件の見直し提案
2. 説明資料の準備
- インボイス制度の概要
- 登録手続きの方法
- 売上への影響試算
3. 代替案の検討
- 課税事業者への切り替え支援
- 取引価格の調整
- 取引先の変更
7. 【Q&A】よくある質問
Q1. レシートでも80%控除は使える?
A: はい、使えます。ただし、以下の条件を満たす必要があります:
- 取引の事実が確認できること
- 相手方が適格請求書発行事業者でないことが明らかであること
- 消費税額が明確に把握できること
具体例: 個人商店のレシートで登録番号の記載がない場合は、80%控除の対象となります。
Q2. 取引先が登録してくれない場合は?
A: 以下の対応を検討してください:
- 2026年9月までは80%控除が適用可能
- 価格交渉で消費税相当額の調整を提案
- 取引先の変更を検討
- 契約条件の見直し(年間契約を短期契約に変更等)
Q3. 過去の取引の訂正は必要?
A: 以下の場合は訂正が必要です:
- インボイスを非インボイスとして処理していた場合
- 80%控除を適用せずに100%控除していた場合
- 計算に明らかな誤りがあった場合
訂正方法:
- 修正仕訳の計上
- 消費税申告書の修正申告
Q4. 簡易課税事業者でも関係ある?
A: 簡易課税事業者は基本的に関係ありませんが、以下の点に注意:
- 課税売上高の判定:2年前の課税売上高が5,000万円を超えると本則課税
- 選択の検討:本則課税の方が有利な場合もある
- 将来の準備:売上増加に備えてインボイス対応の準備は必要
8. 【チェックリスト】月次処理フロー
請求書受領時のチェック項目
□ 登録番号の有無確認
- T+13桁の番号があるか
- 国税庁サイトで登録状況確認
□ インボイス要件の確認
- 必須6項目の記載チェック
- 簡易インボイスの要件確認
□ 適用する控除率の決定
- インボイス:100%控除
- 非インボイス:80%控除
□ 計算の実行
- 消費税額の80%を算出
- 端数処理の実施
月末処理での確認事項
□ 仕訳の正確性確認
- 勘定科目の正確性
- 金額の正確性
- 摘要の記載
□ 消費税集計の確認
- 仮払消費税の合計
- 租税公課の合計
- 内訳明細の作成
□ 証憑書類の整理
- インボイス・非インボイスの区分
- 月別ファイリング
- 電子データのバックアップ
申告前の最終確認ポイント
□ 年間集計の確認
- 80%控除適用額の集計
- 按分計算の確認
- 端数処理の統一
□ 書類保存の確認
- 必要書類の保存状況
- 保存期間の確認
- 電子保存の要件確認
□ 申告書作成の準備
- 付表の作成
- 明細書の作成
- 根拠資料の整理
9. まとめ
重要ポイントの再確認
- 見分け方が最重要
- 登録番号(T+13桁)の有無が決定的
- 必須6項目の記載確認
- 判定フローチャートの活用
- 計算は正確に
- 消費税額の80%を控除
- 残り20%は租税公課で処理
- 端数処理の統一
- 書類保存は確実に
- 請求書・領収書の原本保存
- 計算根拠資料の作成
- 7年間の保存義務
- 期限を意識した対応
- 2026年9月まで80%控除
- 段階的な控除率減少
- 早めの取引先対応
次のステップ(完全インボイス対応準備)
短期的対応(6ヶ月以内)
- 取引先の登録状況調査
- 社内処理体制の確立
- 会計システムの設定変更
中期的対応(1年以内)
- 未登録取引先との交渉
- 契約条件の見直し
- 代替取引先の確保
長期的対応(2026年まで)
- 完全インボイス体制の構築
- 業務プロセスの効率化
- システム投資の実行
最も重要なことは、現在の80%控除を正確に適用しながら、将来のインボイス完全対応に向けた準備を着実に進めることです。
この記事を参考に、自社の状況に応じた対応計画を立て、適切な消費税処理を実現してください。
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